戦略型別の期待値と破綻確率
自動売買で使われる代表的な戦略型(グリッド、マーチンゲール、DCA、スキャル、HFT、スワップアービ、統計裁定、ニュース bot)を、期待値と破綻確率の2軸で分解します。 戦略の大半は「普通は勝つが偶に大負けする」プロファイルを持ちます。 マーチンとグリッドは幾何級数的な口座枯渇リスク、DCA は緩やかな線形リスク、スキャルと HFT は執行コスト依存、統計裁定は spread 安定性依存です。 単純な「勝率 X%」は破綻確率と分離してはじめて意味を持ちます。 EA やシグナルの戦略型を分類し、Profit Factor や勝率の統計的な意味を判定し、破綻までの期待寿命を計算し、ケリー基準や分数ケリーでの適正 Lot を推定するための土台です。

架空データによるイメージ図(実際の相場データではありません)。負けで賭け金を倍化するマーチンゲール型は、取引を重ねるほど破綻確率が 1 に近づく。期待値がプラスで資金比を固定した戦略(1 パーセントリスク)は破綻確率がほとんど増えない。破綻確率は「勝率」とは別の軸である。
戦略型一覧
| 戦略型 | 特徴 | 勝率 | R:R | 破綻要因 |
|---|---|---|---|---|
| トレンドフォロー | ブレイクアウト/MA cross 追随 | 30-45% | 高 (2-5) | トレンド消失・レンジ長期化 |
| 逆張り (Mean Reversion) | オシレーター極値 | 55-70% | 低 (0.5-1.5) | ブレイクアウトで無限含み損 |
| グリッド (Grid) | 等間隔ナンピン | 90%+ | 低 (0.1-0.5) | 一方向トレンドで幾何級数含み損 |
| マーチンゲール | 損失倍プッシュ | 95%+ | 極低 (0.05-0.2) | 連敗で幾何級数破綻 |
| DCA (Dollar Cost Averaging) | 一定額積立 | 高 | 変動 | 長期下落トレンド |
| スキャルピング | 秒〜分の小利益 | 55-65% | 低 (0.3-1) | 執行コスト・スリッページ |
| HFT (High-Frequency Trading) | ミリ秒単位 | 50-55% | 極低 (0.01-0.1) | レイテンシ・約定拒否 |
| スワップアービ | 高スワップ通貨保有 | 高 | スワップ差 | スワップ改定・急変時 |
| 統計裁定 (Pair Trading) | 相関乖離 mean revert | 55-65% | 中 (1-2) | 相関崩壊 (regime change) |
| Triangular Arbitrage | 3 通貨 quote 差 | 高 | 極低 | 執行速度で消える |
| ニュース bot | 指標発表反応 | 40-60% | 中 (1-3) | broker の指標時 spread widening |
1. トレンドフォロー (Trend Following)
期待値プロファイル
- 勝率 30-45%
- R:R 2-5(損切 1 に対し利確 2-5)
- 期待値は次で求めます。
例として、勝率 40%、利確 100 pips、損切 30 pips なら、
破綻シナリオ
- 連敗: 8-10 連敗で口座 30-50% の drawdown が典型
- レンジ相場: トレンド発生を待つ間の連続小損
- 偽ブレイク: ブレイク後に反転してストップ
数学的枠組み
破産確率(Ralph Vince)は次で見ます。
- は 1 トレードの期待値をリスクで割った値
- は破産までのトレード数に相当する口座資本
- (上例)なら 100 トレードで破産確率は約 0.01%
落とし穴
- backtest 期間のトレンド偏り: 2013 年の円安トレンドで最適化した EA は 2015 年のレンジで死ぬ
- 通貨ペア間の相関: USD/JPY、EUR/JPY、GBP/JPY で 3 倍のトレードでも、すべて円クロスなら実質単一トレード
2. 逆張り / Mean Reversion
期待値プロファイル
- 勝率 55-70%
- R:R 0.5-1.5(損切 1 に対し利確 0.5-1.5)
- Profit Factor が高く見えやすい
例として、勝率 60%、利確 20 pips、損切 30 pips なら、
高勝率でも期待値ゼロは普通に起きます。R:R とのバランスで決まります。
破綻シナリオ
- ブレイクアウト継続: レンジ想定で逆張りし、トレンド発生で無限含み損
- Fat tail: 分布の裾で、数か月分の利益を一発の損失で失う
落とし穴
- 「逆張りは勝率が高い」だけ見て採用する: R:R とのバランスを見ないと期待値ゼロになる
- ストップ幅を広げて勝率を上げる: 見かけの勝率は上がるが、1 敗の損失が数十勝分になる
3. グリッド (Grid Trading)
仕組み
- 一定間隔(例: 20 pips)ごとに buy limit を並べる
- 価格が下落するたびにナンピンで平均取得価格を下げる
- 少しの反発で薄利利確
期待値プロファイル
- 勝率 90%+(小反発で普通に利確できる)
- R:R 0.1-0.5(小さい利確幅、大きな含み損リスク)
- 期待値は正だが、破綻時の損失が期待値の 100-1000 倍になる
破綻シナリオ
一方向トレンドで含み損がグリッド設計の想定を超えます。
必要口座金は、簡易モデルで次のように見積もります。 グリッド間隔 pips、最大保有ポジション数 、Lot のとき、価格が最大 pips 逆行したときの含み損は、
USD/JPY、 通貨、pip 価値 10 円、 pips、 の場合、
破綻確率は、幾何ブラウン運動を仮定し、ボラティリティ 、期間 で次のように評価できます。
- 価格が から まで下落する確率は正規分布から算出する
- ATR ベースで年率 (USD/JPY 日足)なら、200 pips 逆行は年間で数十%の確率で発生する
実務評価
- 見かけの Profit Factor が高い(勝率 95%+)ため、販売業者に「神 EA」として売られる典型になる
- live で数年運用すれば 1 回の破綻で累積利益を一掃する
- ケリー基準ではポジションゼロが最適になる。大損時の downside が期待値の何倍にもなり、ケリー値が負になり得る
落とし穴
- バックテスト「月利 5%」を 12 か月継続しても、1 回の SNB ショック相当で全損する
- リスク開示している EA(「推奨レバ 2 倍以下」と書いてあるもの)は、内部設計を理解している。ほとんどの商用 EA には開示がない
- 「損切なし」グリッドは、ストップロスを入れない限り必ず破綻する。時間の問題でしかない
4. マーチンゲール (Martingale)

架空データによるイメージ図(実際の相場データではありません)。勝率 5 割・マーチンゲール型の口座残高を複数口座ぶん重ねたもの。多くはじわじわ増えるが、連敗が資金を超えた 1 口座は一気に全損する。「勝ち続けているように見える」期間の長さは、破綻していないことの証明にはならない。
仕組み
- 損切後、次のトレードの Lot を 2 倍にする
- N 連敗で復活するまで倍プッシュを続ける
期待値プロファイル
- 勝率 95%+
- R:R 極低(勝てば 1 倍分、負ければ 倍分)
- 期待値は理論上 0(公平コイン基準)
- コスト算入で必ず負になる(スプレッド × 累積 Lot)
数学的分析
N 連敗後の累積損失は、
例として、初期 Lot 0.01、10 連敗なら Lot 相当の累積損失です。損切幅 30 pips、USD/JPY の pip 価値 10 円/1,000 通貨とすると、
10 連敗確率は、公平コイン仮定で です。
年間 100 回トレードするなら、10 連敗が起きない確率は です。 残る 9.3% の確率で 10 連敗が起きて口座が破綻します。
実務評価
- 1-2 年は勝ち続けることがある(連敗確率が低いため)
- 十分な時間が経てば連敗閾値を超え、必ず破綻する
- 「永久に勝てる」は錯覚で、単にまだ破綻していないだけである
- 勝ち逃げ理論では破綻前に撤退すれば理論上勝てるが、いつ撤退するかは決められない
落とし穴
- 「賢いマーチン」(倍率を 2 未満、たとえば 1.5 にする亜種)は、破綻確率が下がるだけで期待値の性質は同じ
- 「損失回収機能」は商用 EA でよくある宣伝文句で、すべてマーチンの言い換え
- 「逆マーチン」(勝利倍プッシュ)は期待値プロファイルが反転し、勝率低・大勝プロファイルになるが、ドローダウン耐性が問題になる
5. DCA (Dollar Cost Averaging)
仕組み
- 一定期間ごと(毎日/毎週)に一定額を積立
- 平均取得価格が徐々に均される
- 現物(株式・投資信託)では有名で、FX 版もある
期待値プロファイル
- 期待値は期間中の平均リターンに等しい
- 勝率は不定(期間終端の価格次第)
- 原則として破綻はない(レバレッジをかけなければ)
FX での DCA
- キャリートレード(高スワップ通貨)前提が多い
- USD/JPY を毎月 0.01 Lot 買い増し、スワップ収入で複利にする
- 円高進行で含み損が拡大するが、期間が長期なら回帰を期待する
落とし穴
- レバレッジ DCA はマーチンと同じで、損失時に Lot を増やすと破綻確率が上がる
- 相関の高い複数通貨での DCA(USD/JPY、AUD/JPY、NZD/JPY)は、実質「日本円ショート」の集中投資になる
- 「時間分散」の錯覚: 10 年 DCA しても、10 年目に急変で全損なら意味がない
6. スキャルピング (Scalping)
仕組み
- 秒〜数分の短期エントリー
- 目標利確 1-5 pips
- 高頻度取引
期待値プロファイル
- 勝率 55-65%
- R:R 0.3-1
- 執行コストがほぼすべてになる。スプレッド 0.3 pips に目標 3 pips なら 10% がコスト
数学的枠組み
必要な勝率は、スプレッド pips、目標 pips、損切 pips のとき、
- 、、 なら
- 、、 なら
- 目標が小さいほど必要勝率が急上昇する
落とし穴
- バックテストで固定 spread を使う: 実 spread は時間帯で 3-10 倍になる。バックテスト「月利 10%」が live でゼロからマイナスになる
- スリッページの累積: 1 pip の逆スリッページがトレードごとに蓄積し、月末には数百 pips の逆風になる
- broker のスキャル禁止条項: 一部海外 broker(Alpari 系、XM の一部口座)は「N 秒以内の close 禁止」を約款に明記している
- B-book broker の requote 頻発: スキャル対策の意図的な遅延や約定拒否がある
7. HFT (High-Frequency Trading)
仕組み
- ミリ秒(1/1000 秒)単位のエントリー・エグジット
- 板の bid/ask 差益(market making)
- 統計裁定(別会場との価格差)
期待値プロファイル
- 1 トレード当たり 0.01-0.1 pip
- 勝率 50-52%
- 1 日で数千〜数万トレード
インフラ要件
- Co-location(取引所内サーバー): NY4 / LD5 / TY3
- FIX Protocol 接続: 月固定費に交換料
- プログラム言語: C++、Rust(Python は基本的に無理)
- 初期投資: 数千万〜数億円
FX リテールへの適用可否
- 不可能に近い: Prime broker 経由の HFT は個人アクセス不可
- 「HFT EA」と称する商品: ほぼすべて偽装で、実態はスキャル
- 例外: 一部の academic-grade backtest 環境で、研究目的のみ
落とし穴
- 「HFT」マーケティング: リテール価格で HFT ができるはずがない
- 裁定の消失: 実行時にはもう機会はない
8. スワップアービ / キャリートレード
仕組み
- 高金利通貨の買いと低金利通貨の売り
- スワップポイントを日々受け取る
- 為替差益は二の次
期待値プロファイル
- 年利は「金利差 − スプレッド差 − スワップ非対称性」
- 勝率は、為替が横ばい以上なら勝ち
- 破綻は、逆行トレンドで累積スワップを超える為替損が出たとき
数学的枠組み
必要保有期間 (年)は、
例として、USD/JPY で日次スワップ 0.6 pips 取り、100 pips 下落まで許容する場合、
5.5 か月以上ポジションを維持できれば、100 pips の下落までは損益トントンです。それ以上下落するとマイナスになります。
落とし穴
- スワップ改定: broker がスワップを下方改定する事例がある(2022 年の円安局面で複数業者が改定)
- スワップ非対称: buy 側 +0.6 pips、sell 側 -0.9 pips のように非対称で、裁定を試みるとコスト側だけ大きくなる
- 金利差縮小: 米日金利差が縮まればスワップ収益が減る。2024 年の日銀利上げ以降はスワップ減少局面
- 「3 通貨ヘッジ」手法: 買い高金利 × 売り高金利の裁定は原則失敗する(broker 側で組成できないよう設計されている)
9. 統計裁定 (Pair Trading / Cointegration)
仕組み
- 高い相関の 2 通貨ペア(例: EUR/USD と GBP/USD)
- 価格比が均衡から乖離したとき、元に戻る方向でエントリー
- co-integration の統計検定(Engle-Granger、Johansen)
期待値プロファイル
- 勝率 55-65%
- R:R 1-2
- 破綻は相関崩壊(regime change)で起きる
実装例(EUR/USD − GBP/USD spread trading)
- 過去 250 日で spread を計算する
- は OLS 回帰で求める
- Z-score
- で EUR/USD ショート + GBP/USD ロング
- で逆
- で決済
落とし穴
- 相関崩壊: 中央銀行の政策 divergence 発表で、数日で相関が になるのは普通
- spread trading の税処理: 別ポジションとして扱われる(国内業者)ため、Sharpe が高くても税引き後は下がる
- Cointegration テストの多重比較: 100 ペアを検定すれば、偶然 5 ペアで が出る
10. Triangular Arbitrage
仕組み
- 3 通貨(例: EUR/USD、USD/JPY、EUR/JPY)の quote 差
- と EUR/JPY の理論値差益
- 数十ミリ秒で決着する
期待値プロファイル
- 1 回あたり 0.001-0.01 pip の差益
- 執行が遅ければ消える
- リテールでは事実上不可能
落とし穴
- リテール spread が既に broker 側で調整済みで、3 通貨 spread の合計が理論裁定機会を打ち消す
- 手作業では 100% 不可能
- 「triangular arb EA」: ほぼすべて偽装で、実態は単なるレンジ EA
11. ニュース bot / Event-Driven
仕組み
- 指標発表(NFP、CPI、FOMC)の予想値と実績値の差でエントリー
- 発表 0.5-2 秒後にトリガー
期待値プロファイル
- 勝率 40-60%
- R:R 1-3
- 執行速度が命
実装
- Bloomberg / Reuters / Investing.com の API で予想値を取得
- 実績値発表を scrape または news feed API で取得
- 差分(Actual − Expected)の絶対値と符号でトリガー
落とし穴
- broker の指標時 spread widening: 発表直前に spread が pips になる
- 約定拒否(requote / reject): 発表直後の 5 秒間は slippage が大きい
- fake news / late news: 一次ソース以外を trust すると 5-30 秒遅延する
- 国内業者: 指標発表時の約定を制限する場合がある
関連: ニューストレード
期待値とケリー
自動売買戦略の Lot はケリー基準で上限を評価します。
- は勝率
- は敗率()
- は勝ちトレード平均を負けトレード平均で割った値(絶対値比)
例として、勝率 60%、R:R 1.0 なら、
口座の 20% を 1 トレードにリスクする水準です。 実務では分数ケリー(1/2〜1/4)を使い、drawdown を抑えます。10-20% の drawdown で心理的に破綻するトレーダーが多いためです。
グリッドとマーチンは が非対称(勝ち幅が負け幅よりはるかに小さい)なので、ケリー値は極端に小さく(1% 未満に)なります。 多くの商用 EA の推奨 Lot はケリー値を大きく超えています。
数学的な必要優位性チートシート
| 戦略型 | 必要 win rate (税前) | Sharpe 目安 (現実的) | ケリー適用可否 |
|---|---|---|---|
| トレンドフォロー | 30-40% | 0.5-1.5 | ○ |
| 逆張り | 55-65% | 0.5-1.0 | ○ |
| グリッド | 見かけ 95%+ | 見かけ 3+、実質 0.5 未満 | ✗ (ケリー < 0) |
| マーチン | 見かけ 95%+ | 見かけ 3+、実質マイナス | ✗ (ケリー < 0) |
| スキャル | 55-65% | 0.5-1.5 | ○ |
| スワップアービ | 45-55% (為替) + 金利差 | 0.3-0.8 | ○ |
| 統計裁定 | 55-65% | 0.5-1.5 | ○ |
マイナスサムの数理と組み合わせると、スプレッド算入後の必要 win rate はさらに上がります。
落とし穴(全戦略共通)
- 「高勝率」単体で判断する: 勝率 90% でも R:R 0.05 なら期待値マイナス。必ず期待値で判定する
- Profit Factor 単体で判断する: PF は総利益を総損失で割った値。グリッドは PF 3-5 が普通だが、破綻時に逆転する
- backtest の drawdown だけ見る: 過去に発生した drawdown より、起こり得た drawdown が重要(Monte Carlo)
- ケリー基準を無視した Lot: 商用 EA の「推奨レバレッジ 25 倍」はケリー値を大きく超えている
- 相関を無視した多戦略運用: グリッド EA 3 つが全部 USD/JPY なら、実質単一戦略の 3 倍リスク
- 「時間経過で分散」の錯覚: 期待値がマイナスの戦略は、時間経過で必ず破綻に近づく
- backtest 期間の regime bias: トレンド期に最適化した EA はレンジ期に死ぬ。逆も真
- live gap の否認: backtest「月利 5%」と live「月利 0-2%」のギャップは、戦略の質でなく執行コストによる
- スワップ改定リスクの無視: 業者はスワップを予告なく改定できる
- 「AI トレーダー」の解釈: LSTM / Transformer で予測すると称する EA でも、実態は指標配置か overfit
関連: ドローダウン管理、検証の方法論、テクニカル指標のメタ検証
参考
- Ralph Vince, Portfolio Management Formulas, Wiley, 1990(Optimal f, ruin probability)
- Ralph Vince, The New Money Management, Wiley, 1995
- Ernie Chan, Algorithmic Trading, Wiley, 2013(pair trading, mean reversion)
- Marcos López de Prado, Advances in Financial Machine Learning, Wiley, 2018
- Kaufman, Trading Systems and Methods, Wiley 6th ed. 2020(grid / martingale の負のプロファイル議論)
- Jack Schwager, Market Wizards series(トレーダーの戦略型別自己評価)